互いの望みが叶ったその後は許す限り共にいたい。
どこを見ても向いても樹樹樹き……。 緑豊かなリゼンブールでも特に広く、
そしてこの村の住民さえほとんど立ち入らない深い森に僕はいた。
「兄さーん、兄さーん、どこー?出ておいでー。」
人気のかけらもないこの森で声を出しても不気味なほど静かに森の中で響くばかりで
少々心細さを感じる。そんな怖い思いをしながらもなぜ僕はここにいるのかというと、
兄さんがこの森の中に入ってしまったからだ。
あ、兄さんというのは実際僕の兄弟ではない。最近飼いだした金色の毛並みをした子猫
のことだ。ちょっと目を離した隙に森に入りこんでしまい、僕など気にもせずに(これ
でも飼い主なんだからね!) たったかと奥へ走っていってしまったやんちゃな兄さんを
見捨てることなんて僕にはできない。 そんなわけで自分の声が響くだけで他に音を
生み出さないのこの森で声を張り続けているわけ……だ。
「兄さーん!………もう、どこいっちゃったんだよ。このままだと置いてきぼりだからねー!」
仕舞いにはやけくそで叫ぶ僕。 あぁなんだか悲しくなってきた。 兄さんは僕のこと
なんか飼い主と思っていないのかもしれない。 …なんて、自分の足元にある木の葉や
小枝やらを涙目で睨みつけていたのとき、
「 にゃぁん。」
と子猫の鳴き声に僕は驚いて顔をあげた。 すると、目の前には金色のしっぽを左右に
ゆらゆらと揺らしてなんだか機嫌が良さげな兄さんがいた。
…………知らない、見たこともない黒髪・黒瞳の綺麗な男の人の腕の中に。
なんだか魔法使いみたいに突然目の前に現れたように感じ、驚きで彼を呆然と見つめる
しかできない僕に対して優しげな笑みを浮かべながら彼は口を開く。
「この猫は君の……?」
心地よく耳に届く低い声。 腕の中の子猫を撫でつつ、艶やかな声で問われ、僕は顔を
少し赤めつつ、答える。
「は、はいっ!その子が勝手にこの森入っちゃって、探してたんです……あの、見つ けて下さってありがとうございますっ!」
「どういたしまして。君も誰かに似て困った猫ちゃんだな。……そうだ、うちでお茶でも飲んでいかないかい?」
くす、と子猫を見つめて軽く笑った彼は自然な物言いで突然お茶を誘ってきた。
「えっ、えっ……?」
「ずっとこの子を探して歩いてきたんだろう。疲れてはいないかい?」
あ―……なんかそういわれると体が途端にダルさを感じる。 なんだか張っていた気が
緩んでいっきに脱力した感じだ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘え…ちゃおう、かな……。」
まだ日も高く、ちょっとくらいなら大丈夫だろう。そう考えて僕は彼の誘いを受ける
ことにした。
******
彼に案内されてたどり着いた先はこんな深く不気味な森に似つかわしくないほど可愛
らしいこじんまりとした赤い屋根の一軒家。 そして緑しかないこの景色に映える
色とりどりの花が庭にガーデニングされている。
「綺麗ですね。」
そう僕が誉めると彼は少しばかり苦笑して
「だろう…?実はこの花達は私の同居人の研究材料なんだがね、余りに適当に花を植 えるもんだから、私が進んで整えているのだよ。」
「えっ…研究?しかも同居人の方がいらっしゃるんですか?」
「あぁ……これから紹介するよ。」
そういう彼の顔を見て、なにかと鋭い僕はすぐにその同居人が彼の恋人であると直感する。
リン。 玄関扉に取り付けられたベルが扉を開けたため、可愛らしく音を奏でる。 と、同時に
「おまえっ!勝手にどこ行ってたんだよ!朝起きたら、隣はがら空きだし……。」
扉の内側から日が射したような金色の髪をなびかせた青年が少々早口で出迎えてくれた
「「…………」」
僕は僕で、突然人が現れてびっくりし、彼また然り。いや、単純に驚いているというか
まるでお化けを見たかのような表情。
「あ……っ、あの初めまして。僕はアルフォンス=エルリックといいます。」
彼が穴が開きそうなほど僕を見つめてくるため、その視線に耐え切れずに目線を
斜め下に流しつつ、とりあえず自己紹介をしてみる。
「……あ、あぁ。ごめん。その…俺の知り合いに似てたからつい……。」
見つめちまった。 と彼は困ったふうに眉を下げる。
にゃー。
「おや、兄さんもお腹が減ったらしいね。さぁ、こんな玄関ではなく中に入ってゆっくりしないかい?」
「はぁっ?!兄さん??って、それがこの猫の名前なのか?!!」
「あ―…、いや、はい。」
「まぁまぁ、さぁ中に入った入った。」
再び僕に食い付く彼を宥めつつ、上手に丸め込む。 それからはリビングへ移動し、
ロイさんがいれてくれたハーブティーを飲みながら楽しい時間を過ごした。
“兄さん”の名前由来や(エドワードさんがしつこくて仕方ないので)
僕の両親、幼なじみのこと、リゼンブールの羊のこと。 世間話というよりかは完全に
僕の個人的な話で。 こんな人の話なんて聞いたってなにも面白くはないと思うのだが
彼らが……特にエドワードさんが聞きたがるので僕も一生懸命話した。
当然、僕ばかりの話ではなく、どうしてこんな森の奥に住んでるのかとか、彼らの話も
聞きたかったのだが、二人とも名前以外ははっきりと教えてくれず、はぐらかされた
感じだ。 でもそんな彼らとの時間は楽しくて、……なんだかどこか懐かしくて。
そして自分でもよくわからないけど話の途中、ふいに涙が込み上げてきそうになるのを
隠れて必死に抑えたりもした。
******
会話に夢中だったため、室内が暗くなって仕方なく電気をつけたところで僕は日が
ずいぶんと沈みかけていたことに気付く。
「あ………もうこんな時間……。」
「おや、本当だ。日が沈んでは帰りが大変だがらね……とても惜しいがそろそろこの茶会を閉めないといけないかな。」
「え…………。」
途端にエドワードさんがとても淋しそうに眉を下げマスタングさんを見て、次いで僕を
見る。そんな彼の表情に僕は慌てて。
「そ、そんな悲しい顔しないでくださいよ。また兄さんを連れてお邪魔しますから……」
エドワードさんを慰めるための言葉だったが、これは僕の願いでもある。
またここに来たい。二人と話をしたい。そんな気持ちが僕の中で溢れて仕方ない。
しかし、エドワードさんの表情は明るくならず、
「……そうだよな。ま、また会えばいいんだよなっ!」
なんて無理矢理明るく振る舞っているのがバレバレで。 そんなエドワードさんを横に
座ったマスタングさんが優しく彼の小さな頭を撫でて
「……では、アルフォンスを見送ろうか、エドワード。」
「………うん。」
そうして、すっかりマスタングさんに懐いてずっと彼の膝上で甘えていた薄情な兄さん
を受け取り玄関先まで見送ってもらう。 僕はどんな顔をすればいいのかわからずに
兄さんを撫でることで気を紛らわせていた。その時、
「これ、おまえにやるよ。」
そう、目の前に出されたのは小さな若葉色の芽がでた苗。
「………これ、は?」
「………それは咲いてからのお楽しみだ。絶対に枯らすなよ!」
「……うん………わかった……っ!」
苗を手渡されたその直後、目の前が暗くなったと思ったら気付けば僕はエドワード
さんに抱き締められていて。
「………ずっと大好きだよ、アルフォンス。」
元気でな……… 意識が薄れゆくなか、エドワードさんの声が遠くに聞こえた。
*******
「アルっ……!」
そう呼ばれて意識が浮上する。 目の前には泣き顔の幼なじみ。そしてあまりに顔が
近いためぼやけてて。
「……あ、れ。ウィンリー?」
「っ、もう!バカアルフォンス!心配したんだからね!」
「……へ? 心配………?」
なんだか状況がわからないまま僕は幼なじみに抱き締められる。 その感覚から思い
浮かんだのはあの、金の髪を持つ彼。
あとから聞いた話だと、僕はリゼンブールの森の入り口付近で倒れていたらしい。
僕の帰りが遅いのを気にした母や村の人達が探しにきていて、遠くから聞こえた猫の
鳴き声で発見できたそうだ。(さすが、僕の兄さん。)
ではあの森の奥で出会った二人とのお茶会は夢だったのかというと、そうではないよう
で。今、僕は発見当時しっかりと腕に抱いていた小さな苗を今、大事に育てている。
これまた勘が鋭い僕は別れ際の彼の表情からおそらくもう彼らとは会えないだろう
と思う。 そしてこっそり彼らに感じた懐かしさを求めて調べてみたところ、歴史書の
なかにその欠片が残っていた。
アメストリス最後の大総統、ロイ=マスタング。
彼は軍事政権であったこの国を民主政治へと変え、各国との和平条約も結びこの国に
平和をもたらした人物として歴史上に名を遺している。 そして彼の右腕として働いた
若き錬金術師のこともちらりと記されていた。
これは、この長く続く平和の中で我々が忘れてしまいがちな大きな変革である。
そしてその変革を起こした彼らには没年が記載されておらず、なんでもいつの間か、
気づけば二人はひっそりと人々の前から姿を消していたそうだ。
………そう、この話はもう100年近く前の話。
そして世界を渡りゆく二人は、望む。